教皇レオ14世が、就任直後に選んだ最初期のメッセージが「戦争批判」だった――これが引っかかった。APの報道によれば、新教皇は米国とイスラエルがイランへの攻撃を主導していることを念頭に、その行動を「全能の幻想」という言葉で名指しに近い形で非難したらしい。ローマ教皇が特定の軍事行動に言及するのは、外交的には核級の発言に相当する。

「全能の幻想」――教皇が選んだ言葉の重さ

「全能の幻想」という表現、なかなか刺さる。単なる道義的な批判ではなく、権力そのものへの哲学的な異議申し立てといった響きがある。バチカンは長年、中東紛争において「仲介者」の立場を保ってきた。それが今回、米・イスラエルという具体的な主体に向けてこの言葉を放った。

「教皇レオ14世は、米国・イスラエルによるイランへの戦争を煽っているとして、『全能の幻想』を強く非難した」(AP通信)

歴史を振り返ると、ヨハネ・パウロ2世が2003年のイラク戦争前にブッシュ政権を公開批判し、欧州の反戦世論を後押しした事例がある。教皇の発言が直接、外交の流れを変えるわけではないが、各国の「世論の温度」に影響を与えてきた実績は確かにある。

イラン戦争が世界経済に刻んだ傷、すでに3つある

今回の戦争がすでに与えている打撃は、精神論の話じゃない。原油価格の上昇、ホルムズ海峡周辺の海上輸送コスト増、そして中東産エネルギーへの依存度が高い国々でのインフレ再加速――この3点がすでに数字に出てきている。バチカンが「道義」を語るとき、その背後にはこうした経済的現実も見えている。米イスラエルイラン戦争の長期化は、食料・燃料の輸入コストを通じて途上国に最も重くのしかかる構図で、教皇庁がそこに敏感なのは珍しくない。

この先どうなる

停戦交渉がどう動くかは、現時点では見えにくい。ただ、レオ14世の発言が国際社会の「道義的圧力」のトーンを一段上げたのは間違いない。米国内でも宗教票は無視できない政治変数で、カトリック系有権者が多い州では今後、この発言が国内議論に波及する可能性もある。バチカンが次にどの場でこのメッセージを繰り返すか――国連演説や二国間外交の場での後押しがあれば、単なる「お説教」では終わらない。新教皇の最初の賭けが、どこまで届くか。まだ序章といったところだろう。