トランプのメディア批判が、また一段と踏み込んだ。自身のSNS「Truth Social」に投稿された一文は短く、しかし刺さる言葉だった――「信頼性はゼロ。そもそも最初から存在しなかった」。2025年、この発言が注目を集めるのには理由がある。タイミングが、あまりにも絶妙すぎた。

ギャラップ調査が示す「史上最低」の数字

米ギャラップ社が毎年実施する報道機関への信頼度調査では、アメリカ人のうちメディアを「かなり」または「大いに」信頼すると答えた割合が、直近で約30%台前半まで落ち込んでいる。1970年代に70%超を記録していた時代からすれば、半分以下。この数字が出るたびに、トランプの言葉には「追い風」が吹く構図になっている。

Truth Socialへの投稿原文はこうだった。

「フェイクニュースメディアは完全に信頼性を失った。そもそも最初から信頼性などなかったのだが。」

読み返すと、二重の否定になっている。「今失った」ではなく「最初からなかった」と言い切ることで、過去の報道すべてを遡って無効化しようとする構えがある。これは単なる感情的な批判というより、計算された言葉の使い方じゃないかと感じた。

「フェイク」と呼ばれると、何が起きるか

問題は報道の質そのものではなく、「フェイクニュース」というレッテルが持つ効果にある。ある報道が正しいかどうかを検証する前に、「どうせフェイクだろう」という先入観が挟まると、事実確認のプロセスそのものが信用されなくなる。フェイクニュース報道信頼度への懐疑が社会に広がるほど、共通の事実認識を積み上げることが難しくなっていく。

2016年の大統領選以降、「フェイクニュース」という言葉の使用頻度は世界中で急増した。この言葉が広まるほど、権力者にとって不都合な報道を「根拠なく否定できる」環境が整っていくという皮肉な側面もある。メディア側が反論すればするほど「必死になっている」と見られ、沈黙すれば「認めた」とも取られる。どちらに転んでもダメージが出る状況に追い込まれやすい。

この先どうなる

2025年秋以降、トランプの発言頻度と内容はさらにエスカレートする可能性が高い。Truth Social投稿 2025年の傾向を見ると、選挙や司法案件が動くタイミングに合わせてメディア批判が激化するパターンが繰り返されている。報道機関側も、ファクトチェック体制の強化や透明性の向上で応戦しようとしているが、すでに不信を持つ読者層にその努力が届くかは別の話。メディア不信という地盤沈下は、短期間では止まらない。次の局面で問われるのは、報道機関がどう信頼を「取り戻す」かではなく、そもそも誰に向けて何を伝えるのかを再定義できるかどうかだろう。