硫酸輸出禁止という四文字が、静かに世界の産業地図を塗り替えようとしている。Bloombergの報道によれば、中国は2025年5月から硫酸の輸出を全面的に停止する方針を固めた。世界の硫酸生産量のおよそ3割を担う国が蛇口を閉める——その余波は、鉱山から田んぼまで届く。
イラン戦争が引き起こした「硫黄の穴」
なぜ今なのか。ここが引っかかったポイントだった。
硫酸の原料となる硫黄は、原油・天然ガスの精製過程で副産物として生まれる。中東の主要産油国、とりわけイランがその供給源の一角を担ってきた。イランを巡る武力衝突が激化したことで、原材料の輸送ルートが寸断され、中国国内の硫黄収支に想定外の「穴」が開いたらしい。
国内需要を満たすだけで精一杯になった中国が、輸出を止めるのは合理的な判断と言えばそれまでだが、問題はそのタイミングと規模だった。
「中国は5月から硫酸の輸出を停止する意向を示した。これによりイラン戦争に起因する原材料のボトルネックですでに逼迫している金属・肥料産業が打撃を受ける」(Bloomberg、2026年4月10日)
すでに肥料市場は高騰局面にある。硫酸はリン酸系肥料の製造に欠かせず、農業依存度の高い東南アジアや南アジアの輸入国にとって、コスト増は直接、食料価格に跳ね返る。中国資源規制が食卓を直撃するシナリオが、もはや絵空事ではなくなってきた。
銅・亜鉛の精錬コストが上がると、どこが痛むか
肥料だけじゃない。銅や亜鉛の湿式精錬には大量の硫酸が使われる。電気自動車のバッテリー、太陽光パネル、データセンターの配線——脱炭素インフラのほぼ全てが銅を必要としている。
イラン戦争サプライチェーンの混乱が一次産品を直撃し、それが精錬コストを押し上げ、最終的に半導体や再エネ設備の価格に波及する。連鎖の経路は長いが、一本の糸でつながっていた。
亜鉛についても事情は似ている。めっき鋼材の需要が旺盛な自動車・建設セクターが、じわじわとコスト圧力にさらされるとみて間違いないだろう。
この先どうなる
中国が輸出禁止を正式に施行した場合、代替供給源として注目されるのはカナダ、サウジアラビア、そして日本の非鉄精錬サイドストリームだが、いずれも中国の輸出量を短期間で補えるほどのキャパシティはない。
肥料価格は2〜3か月のラグで農産物価格に転嫁されやすい。5月の禁止が現実になれば、今年の秋以降の食料インフレに新たな上昇圧力が加わる可能性がある。中東の戦火が穀物相場を動かす——そういう時代に、いつの間にかなっていたらしい。
各国の調達担当者がこの報道をどう読んでいるか。もう少し続きを追いたい案件だった。