モハンメド・ウィシャ記者が死んだのは、停戦から半年が経った水曜日のことだった。ガザ市西部の沿岸道路を走っていた車両にイスラエル軍のドローンが直撃し、車は炎上。アル・ジャジーラの特派員として現場を伝え続けた彼は即死だったという。これでアル・ジャジーラがガザ開戦以来に失ったジャーナリストは11人——その数字を目にしたとき、少し止まって数えてしまった。
「ハマスのテロリスト」——イスラエル軍の主張と、11人という数字
イスラエル国防軍(IDF)は翌木曜日、ウィシャ記者を「ハマスのロケット部門の幹部テロリスト」と名指しし、部隊への脅威を排除するために攻撃したと説明した。ただ、アル・ジャジーラとハマス双方はこれを否定している。「故意の標的犯罪」——アル・ジャジーラが今回使った言葉はそれだった。
「Al Jazeera has condemned the killing of one of its Palestinian journalists in an Israeli strike in the Gaza Strip, describing it as a 'deliberate and targeted crime'.」(BBC News)
ジャーナリスト保護委員会(CPJ)も「最も強い言葉で非難する」との声明を出している。ただ、こうした声明が出るたびに感じるのは、声明の重さが現実を止めた試しがないという、どこか虚ろな感覚だ。ガザへの外国メディアの独立したアクセスが極度に制限されている中で、現地の記者たちは事実上、唯一のカメラになっている。その記者が攻撃される。情報が消えていく仕組みを、誰が問い直すのか。
停戦6か月でも死者が出る「脆い休戦」の実態
イスラエルとハマスの間では今年初めに停戦合意が成立し、一時は人質解放や物資搬入で前進したように見えた。だが「脆い停戦(fragile ceasefire)」という表現がBBCの記事に出てきたとき、それは控えめな言い方だと感じた。今週だけでもイスラエルの空爆によって10人が死亡したと地元関係者が報告しており、同じ週にWHOはイスラエル軍による請負業者の死亡を受けてガザの医療避難を停止している。アル・ジャジーラのジャーナリスト殺害はその流れの中で起きた一件にすぎない——というと語弊があるが、孤立した事件ではないのは確かだ。
ガザの報道の自由をめぐる問題は、今回初めて浮上したわけじゃない。開戦以来、国際的なメディア団体は繰り返し懸念を表明してきた。ただ、11という数字は、懸念の域をとっくに超えている。
この先どうなる
停戦の枠組みそのものが揺らぎを見せる中、ウィシャ記者の死が国際社会にどう受け止められるかは、今後の停戦協議の雰囲気にも影響しうる。CPJや国連関連機関がイスラエルへの説明責任を求める圧力を強める可能性はあるが、過去のケースを見ると、捜査が実質的な結果を出した例はほとんどない。アル・ジャジーラ自体もカタール政府との関係から地政学的な文脈で語られることが多く、単純な「報道の自由」の問題として扱われにくい側面もある。それでも、現地に残って取材を続けるジャーナリストがいる限り、この問いは消えない。次の11人目を出さないために、何が変わるのか——今はまだ、答えが見えない。